インターネット通信が直線にならない理由:AS、BGP、往路と復路のルーティング入門
未経験者向けに自律システム(AS)、ASN、BGP、往路(去程)・復路(回程)、非対称ルーティングを解説。物理的距離の近さが必ずしも低遅延にならない理由を明らかにします。
例えば深センから東京のVPSにアクセスする場合、直感的にはデータが深センから北東へ向かい、地図上の最短距離を通って東京へ届くように思えます。しかし、インターネットは単一の企業が構築した1つの巨大なネットワークではなく、無数の通信事業者、クラウド事業者、研究機関のネットワークが相互に接続されて成り立っています。
実際のパケット転送は、複数の配送業者がリレーする長距離宅配便に似ています。各事業者は自社が管轄する区間のみを担当し、コスト、協定、ピアリング関係に基づいて次の引き渡し先を決定します。
一、AS(自律システム)は独立管理されたネットワーク
ASはAutonomous System(自律システム)の略称です。初心者はまず次のように理解してください:
単一の組織によって管理され、対外的に統一されたルーティングポリシーを持つネットワーク群。各ASには固有の識別番号であるASN(自律システム番号)が割り当てられています。大手通信キャリア、クラウドベンダー、CDN事業者はそれぞれ独自のASNを運用しています。IANAが世界全体のAS番号空間を調整し、各地域インターネットレジストリ(RIR)を通じて分配されます。
PCからVPSへ通信する際、パケットはまず契約プロバイダのASを通り、1つ以上の上位トランジットやピアリングネットワークを経由して、最終的にVPS事業者のASへ到達します。
二、BGPはネットワーク間の「経路案内広報」
BGPはBorder Gateway Protocol(境界ゲートウェイプロトコル)の略称です。単一ルーター内部の次ホップ計算ではなく、異なるAS間で以下の情報を相互伝達するために用いられます:
「どのIPアドレス帯が自組織を経由して到達可能か、どのような条件で転送を受け入れるか」これは運送会社同士が運行ルート計画を告知し合う様子に似ています。あるルートは経由するAS数が少なくても転送コストが高く、別のルートは多少迂回しても事業者の商業ポリシーに合致している場合があります。
RFC 4271でBGP-4が規定されています。詳細なパケット構造を覚える必要はありませんが、「BGPが選択するのはポリシーに合致した到達可能経路であり、地理的に最短の経路とは限らない」という原則を押さえておきましょう。
三、往路(去程)と復路(回程)は完全に異なる場合がある
手元のPCからVPSへ向かう方向を「往路」、VPSから手元のPCへ返る方向を「復路」と呼びます。
往路:手元のPC → ローカルISP → 複数のネットワーク → VPS
復路:VPS → 複数のネットワーク → ローカルISP → 手元のPCインターネットルーティングでは非対称性が日常的に発生します。往路がネットワークA・B・Cを通っても、復路はD・Eを通ることがあります。双方の通信事業者がパケット送出時のポリシーを独立して制御しているため、同じ物理経路を通る必然性はありません。
自宅から実行した1回のtracerouteだけでは双方向の品質を完全に把握できないのはこのためです。観測できるのは片道の情報であり、途中のルーターが診断パケットに応答しない場合もあります。
四、距離が近いのに遅く感じる原因
物理的距離は重要ですが、唯一の要因ではありません。代表的な原因には以下があります:
- ローカルISPと対象データセンター間に直接ピアリングが存在しない;
- 他の都市や地域を大きく迂回してから戻ってくる経路になっている;
- 特定の相互接続ポイントで夜間混雑が発生している;
- 往路は良好だが復路で混雑した上位回線が選択されている;
- ルーターがICMP応答の優先度を下げているだけで、実TCPサービスは正常;
- DNSによって遠隔のサーバーノードへ誘導されている。
「国内」「香港」「日本」「米国西海岸」といった名称は単なる地域ラベルであり、それ単体で回線品質を保証するものではありません。
五、ping、traceroute、mtr の使い分け
| ツール | 主に確認できること | 単体では証明できないこと |
|---|---|---|
ping | 往復時間(RTT)とプローブのパケットロス | 実業務プロトコル(TCP/HTTPS)での同一挙動 |
traceroute | プローブが通過した可能性のある中継点 | 各ホップが固定経路であることや真の障害地点 |
mtr | 経路、遅延、損失の継続的な時系列変化 | 特定の中間ノードの無応答が回線輻輳であること |
| Looking Glass | 事業者拠点から外部に向けた通信状態 | 利用者ローカル環境からの双方向の実効性能 |
よくある誤解として、中間ホップで高いパケットロス率が表示された際に「そこが故障している」と断定してしまうケースがあります。後続のホップや最終目的地で損失が発生していなければ、そのルーターが診断パケットへの応答をレート制限しているに過ぎません。
六、初心者が回線品質を評価する手順
「机上の完璧なルーティング図」を求めるのではなく、比較検証可能なテストを実施しましょう:
1. 送信元、宛先、プロトコル、ファイルサイズを固定する; 2. 測定日時、時間帯、接続元ISPを記録する; 3. 遅延、ジッター、ロス率、実効スループットを個別に計測する; 4. 平日・休日、昼間・夜間ピーク時でそれぞれ複数回測定する; 5. Web表示、SSH操作、API通信、ファイル転送の実体験を最終判断基準とする; 6. ネットワーク、マシン、ツールを同時に変更せず、変数は1回に1つとする。
静的なtraceroute結果よりも、同一ワークロードを複数時間帯で反復測定した実績データの方が遥かに有用です。回線ラベルは候補の絞り込みには役立ちますが、自己計測の代わりにはなりません。
七、まとめ
インターネットは単一の線ではなく、BGPによって到達可能経路を広報し合う多数の自律ネットワークの集合体です。地理的距離、AS間の接続関係、商業的ポリシー、往復経路の非対称性、リアルタイムの混雑状況が組み合わさって体感品質が決定されます。
次の基本原則を覚えておきましょう:
ルーティング図は手掛かりに過ぎず、実ワークロードの時間帯別測定結果こそが証拠である。よくある質問
tracerouteにアスタリスク(* * *)が出るのは回線切断ですか?
必ずしもそうではありません。中間機器がプローブに応答しない設定になっている場合があります。最終目的地に安定してアクセスできていれば問題ありません。
ASパスが短いほど優れていますか?
一概には言えません。通過AS数が少なくても、各区間の物理距離が長かったり容量が不足して混雑していれば遅くなります。ASホップ数は経路評価の1つの側面に過ぎません。
同じVPSなのに昨日速くて今日遅いのはなぜですか?
BGP経路の変動、相互接続点の混雑、ローカル回線の状態、ホストサーバーの負荷は時間経過で変化します。1回の結果を固定視せず、複数日・複数時間帯のデータで評価しましょう。
参考リンク
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